2013年2月22日(金)~23日(土)に、非専門家を対象とする素核宇宙融合レクチャーシリーズ第8回「量子多体系の密度汎関数アプローチ」が矢花 一浩(やばな・かずひろ)筑波大学教授を講師に迎えて開催されました。初日は理化学研究所 仁科記念棟2階仁科ホール、2日目は同研究本館で行われ、学生と研究者合わせて32人の参加がありました。
素核宇宙融合レクチャーシリーズの原子核分野は第4回の原子核殻模型※1(講師:阿部 喬)、第5回のクラスター模型※2(講師:船木 靖郎)に続く第3回目です。原子核は多種多様です。陽子と中性子の数の違いによってさまざまな核種が存在し、天然にあるものだけで288種、発見された原子核は約3000種、理論上は10000種あるとも言われています。これらの大部分は、実は安定な原子核に比べ陽子が多い陽子過剰核、中性子が多い中性子過剰核などの不安定核です。さらにそれぞれの原子核は、エネルギーが一番低い基底状態から、エネルギーに応じてさまざまな励起状態をとり、気体や液体のようにさまざまに構造が変化します。このように多種多様な原子核を統一的に理解するために、原子核研究ではさまざまな手法を相補的に組み合わせて研究を進めています。
密度汎関数法は、密度を基本変数として出発する多体系の計算手法です。原理的には原子核のエネルギーを表す密度の汎関数がわかりさえすれば、基底エネルギーなどを正確に計算することが可能です。しかし陽子や中性子の多体系である原子核では、現状ではその密度の汎関数が正確に分かっていないので、近似的な密度の汎関数を用いることになります。密度汎関数法は、他の方法に比べ精度は高くありませんが、ほとんどすべての原子核を扱うことができるので、相補的に研究を進める原子核研究には欠かせない手法です。講義では基底状態を取り扱う密度汎関数法の基本と、原子核の結合エネルギーや形状への応用の説明の後、炭素のホイル状態に対する研究成果の説明があり、励起状態も扱える時間密度汎関数理論では時間を追ったシミュレーションが可能であることが示されました。
また、密度汎関数法、時間依存密度汎関数法は原子核の他に、分子や固体も扱うことができます。矢花氏はHPCI戦略プログラム分野2 第2部会:次世代先端デバイス科学 サブ課題2「ナノ構造体における光誘起電子ダイナミクスと光・電子機能性量子デバイスの開発」も担当しており、それに関連して講義の後半では、レーザーを照射した物質中を電子が動く様子や、時間存密度汎関数法を用いて量子力学の第一原理計算から巨視的電磁気学を記述する試みの紹介がありました。
講義では密度汎関数法の基本となる方程式について多くの質問が寄せられました。矢花氏は「普段は当たり前としていることに対して多くの質問があったのですが、それらは重要なポイントであることが多く、考えなくなっていたところを考え直すきっかけになりました」と講義を終えての感想を話しました。参加していた船木さんは「基礎的なことから大変勉強になりました」、阿部さんは「矢花先生とはこれまでも相補的に研究を進めています。とても分かりやすい講義でした」と感想を述べていました。
この素核宇宙融合レクチャーシリーズは、分野融合を目的の一つとする新学術領域研究「素核宇宙融合による計算科学に基づいた重層的物質構造の解明」およびHPCI戦略プログラム分野5の共催で行われました。最終的にはシリーズをまとめた「素核宇宙融合教科書」の制作が予定されています。
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用語解説
※1 原子核殻模型
原子の構造を理解する時に電子の運動を原子の中心にある原子核とその周りを回る電子により理解しようとするアプローチとのアナロジーから、核子(陽子や中性子)の運動を原子核の中心で強く束縛した核子の塊とその周りを回る核子により原子核の構造を理解しようとするアプローチです。この模型は原子核の魔法数や核子の一粒子(平均場)描像を説明し、原子核の構造を理解する上で重要な模型のひとつです。
※2 クラスター模型
原子核を構成する陽子2個、中性子2個をひと固まりのアルファクラスターとして扱います。比較的軽い原子核では、励起状態の多くの現象や実験結果を非常に良く説明することができます。