爆発しない「超新星爆発」
「まだ爆発していません」そう笑顔で語るのは国立天文台の固武 慶(こたけ・けい)助教です。爆発とはなにやら物騒ですが、何がどこで爆発するのでしょうか?
固武さんは、星の誕生から死に至るまでの進化の過程で現れる様々な現象の研究をしています。その中でも、とくに「超新星爆発」に注目しています。超新星(Supernova)は宇宙で最も明るい天体の一つです。昔、突然明るく輝きだした星を見た人々は、新しい星が生まれたと思い、超「新」星という名前を付けました。しかしその正体は、名前とは正反対で星が最期に爆発する姿だということがわかっています。
超新星の内部で何が起こって爆発に至るのかを確かめるには、スーパーコンピュータによるシミュレーションが欠かせません。なぜなら、超新星爆発は実験ができず、観測するにしても私たちの近くの銀河で起こることは非常にまれな現象だからです。そこで数少ない超新星の観測などをもとに仮説を立て、それgに基づいてシミュレーションをし、その結果を観測と照らし合わせることで、最初に立てた仮説の正しさを証明します。固武さんは、スーパーコンピュータの中で超新星を爆発させようとしているのです。
ところが、世界中の理論宇宙物理学者が40年以上研究しているにも関わらず、いまだにシミュレーションで爆発させることができていません。いったい、何が課題なのでしょうか。まずは、現在考えられている超新星爆発のシナリオを紹介していきます。
超新星爆発のシナリオ
シナリオは、おもに2種類あります。一つは「ニュートリノ型」で、これが基本となります。もう一つ、磁場が強い特殊な星の場合に「磁気駆動型※」が考えられています。固武さんが研究しているのはニュートリノ型超新星爆発です。
太陽のおよそ8倍以上の重さがある星が末期を迎えるとき、星の内部はタマネギのような層構造になっています。表面に近いほうから水素(H)層、炭素(C)層、酸素(O)層というように、中心に向かうほど重い元素の層が形成されています。そして中心部には、もっとも安定な鉄(Fe)のコア(核)があります。そこは、自分の重力と外層の圧力で潰れそうな鉄のコアを電子(e)の縮退圧が支えている、超高密度のおしくらまんじゅう状態です。縮退圧とは、電子のようなフェルミ粒子が持つ、あるエネルギー状態には1つの粒子しか存在できないという性質に由来する圧力です。
核融合が進んで鉄の量が増えていくと、縮退圧が重力を支えきれなくなる瞬間がやってきます。コアは縮み始め、さらに高密度・高温になります。この状態になると、鉄は光と熱を吸収して分解反応をおこし、最終的に陽子(p)と中性子(n)まで分裂されます。これを光分解といいます。続いて縮退圧の源だった電子が陽子に捕らえられ、中性子と電子ニュートリノ(νe)になります。これを電子捕獲といいます。
電子が減ると縮退圧が抜けて、コアは原子核と同じ密度まで押し潰されます。半径1000kmが1秒以内に50kmまで一気に押し潰される破壊的な現象で、これを「爆縮」といいます。爆縮は、中心が原子核の密度(中性子・陽子をパチンコ玉に例えるとそれがギチギチに詰まった状態)に到達すると止まり、それ以上収縮できないために跳ね返されます。これが強い衝撃波を生み出します。
この衝撃波がそのまま星の外部まで伝わって爆発させられれば都合がいいのですが、そううまくはいきません。衝撃波の通過と共に物質が急激に圧縮されるため、通過した後の物質は非常に高温になります。この高温領域に飲み込まれた鉄が光分解されることによって、衝撃波の熱は吸収されてしまうのです。そうすると衝撃波は冷えて弱まってしまい、爆発を引き起こせません。でも実際には超新星爆発が起こっているわけですから、何かが冷えた衝撃波を温め直し、強めているはずです。
衝撃波が広がっていく間、コアでは様々な反応が起こっていて、最終的に中性子とニュートリノが生成されます。ニュートリノは他の粒子とめったに反応しないので、99%は反応で発生する膨大な熱を星の外へすーっと持ち出すとします。残りの1%が衝撃波と反応し、衝撃波を再加熱して強め、超新星爆発を引き起こすと考えられています。しかし、シミュレーションでは、ニュートリノによる衝撃波の再加熱を加味しても爆発しないのです。それはなぜなのでしょうか?
超新星爆発の課題
「実はこれまでおもに行ってきたのは1次元のシミュレーションで、それでは超新星は爆発しないことが明らかになりました」と固武さんは言います。1次元のシミュレーションでは、星の中心から外殻までひいた直線上のみを計算しています。つまり接線方向への対流や星の自転による不均一は加味されていません。固武さんは続けます。「最近の研究で、複雑な流体運動を2次元、さらに3次元でシミュレーションすることによって、歪んだ衝撃波がニュートリノの再加熱効果を高めることがわかってきました」。
その理由は、衝撃波がニュートリノ再加熱を受けやすい領域に漂える時間が増えるからと予想されています。でもその反面、衝撃波を押す力もいろいろな方向に散ってしまうと考えられています。流体運動は超新星爆発メカニズムの肝なので、正確なことを知るためにはやはり細かく計算するしかありません。しかし、流体運動の3次元シミュレーションは大変複雑なものになります。力の働く向きも運動の向きも3次元になるので、計算量は膨大になってしまいます。
国立天文台にも26TFlops(テラフロップス/演算速度は毎秒2.6兆回)を誇るスーパーコンピュータがあるのですが、流体運動を精度よくシミュレーションするには長い時間がかかってしまいます。そこで固武さんの研究グループは、理論演算性能10PFlops(ペタフロップス/演算速度は毎秒1京回)を誇る、京速コンピュータ「京(けい)」で計算する予定です。「京なら流体運動や星の自転を取り入れた、かなり正確な3次元シミュレーションが可能です。今度こそ超新星を爆発させることができるかもしれません。そのためには「京」が絶対必要です」。固武さんは目を輝かせます。
超新星爆発シミュレーションがもたらすもの
もし3次元シミュレーションで超新星爆発を引き起こせたら、ドイツやアメリカのライバルグループより一歩抜きんでた成果を得ることができます。
超新星爆発は強い力、弱い力、電磁力、重力の4つの相互作用が全て関与するまれな現象です。そのため、素粒子物理学、原子核物理学、流体力学、ニュートリノ天文学、重力波天文学、強い重力場が出現することから一般相対性理論など、物理学のさまざまな分野を総動員して研究が進められています。ですから、超新星爆発の研究成果が他分野にもたらす影響も大きなものになります。
たとえば大型低温重力波望遠鏡(LCGT)での重力波観測に役立つと考えられます。スーパーカミオカンデでのニュートリノ観測の精度を上げることにもつながるでしょう。天体現象ではガンマ線バーストのメカニズムの解明、星の進化の理解、そして宇宙の歴史の解明へも繋がっていくことが期待されます。
超新星は「京」で爆発するでしょうか? その時を楽しみに待ちたいと思います。
<用語解説>
※ 磁気駆動型超新星爆発
磁場が強く回転が速いと磁場が巻かれてバネのような力が働いて爆発します。次回、詳しく解説します。
<固武さんが研究する超新星爆発に興味を持たれた方へ>
固武さんは6月8日(水)~9日(木)に開催される【素核宇宙融合レクチャーシリーズ】第三回「高エネルギー天体物理の基礎」で講師をつとめます。ぜひご参加ください。詳しくはこちらをご覧ください。
http://bridge.kek.jp/workshop/lecture_20110608.txt
素核宇宙融合 レクチャー シリーズ第三回「高エネルギー天体物理の基礎」開催
6月13日加筆
素核宇宙融合 レクチャー シリーズ第三回「高エネルギー天体物理の基礎」が6月8日(水)~9日(木)に東京大学 理学部4号館3階1320号室にて開催され、43人が参加しました。
このレクチャーシリーズは素粒子、原子核、宇宙物理の分野間融合を目指す新学術領域研究「素核宇宙融合による計算科学に基づいた重層的物質構造の解明」が、それぞれの分野の研究内容を共有するために開いています。今回は宇宙物理でしたが、素粒子、原子核の研究者や学生も多く集まり、会場がいっぱいになりました。
講師を務めた固武さんは「普段の発表では余り想定しないような、それでいて本質的な質問・コメントを多く頂き、大変勉強になりました」と話していました。