スーパーコンピュータ「富岳」で炭素の起源を探る

スーパーコンピュータ「富岳」で炭素の起源を探る ―第一原理計算で導かれたアルファクラスターの構造―

2022年4月27日
理化学研究所
東京大学大学院理学系研究科
日本原子力研究開発機構

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター核分光研究室の大塚孝治客員主管研究員、阿部喬協力研究員、東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターの角田佑介特任研究員(研究当時)、日本原子力研究開発機構の宇都野穣主任研究員らの国際共同研究グループは、スーパーコンピュータ「京」と「富岳」[1]を用いた第一原理計算[2]により、炭素-12(12C)原子核(陽子数6、中性子数6)の量子構造を明らかにしました。

本研究成果は、地球環境や生命の誕生に欠かせない炭素の起源の解明に貢献するとともに、アルファ崩壊[3]の理解に新たな視点を与え、超重元素[4]崩壊の予言に寄与するものと期待できます。
ヘリウム(4He)原子核は、陽子2個と中性子2個が強く結合した安定な原子核で、アルファ(α)粒子とも呼ばれます。恒星の進化の過程では、3個のα粒子が同時に衝突・合体することで、しばしば「ホイル状態[5]」と呼ばれる不安定な12C原子核が形成されます。このホイル状態の12C原子核の一部が安定な12C原子核に遷移しますが、これまでホイル状態の量子構造は不明でした。

今回、国際共同研究グループは、12C原子核中の核子(陽子と中性子)の密度分布が一様ではなく、その中間段階に「αクラスター[6]」と呼ばれるα粒子に似た構造が構成要素となることを示しました。この結果は、αクラスターの存在を仮定することなく、スパコン「京」や「富岳」を駆使した量子色力学[7]に基づく大規模な第一原理計算により得られました。3個のα粒子からホイル状態が作られ、その後に基底状態へ遷移する過程が12C原子核を作り出すことがよく説明で きています。

本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(4月27日付:日本時間4月27日)に掲載されました。

α粒子、12C原子核の基底状態とホイル状態の核子密度分布(第一原理計算の結果)

※国際共同研究グループ
理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 核分光研究室
 客員主管研究員 大塚 孝治 (おおつか たかはる)
 (日本原子力研究開発機構 客員研究員、東京大学名誉教授)
 協力研究員 阿部 喬 (あべ たかし)
 室長 上野 秀樹 (うえの ひでき)
一般財団法人高度情報科学技術研究機構
 副主任研究員 吉田 亨 (よしだ とおる)
東京大学 大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター
 特任研究員(研究当時) 角田 佑介 (つのだ ゆうすけ)
 (現 筑波大学 計算科学研究センター 研究員)
 特任准教授(研究当時) 清水 則孝 (しみず のりたか)
 (現 筑波大学 計算科学研究センター 准教授)
京都大学 基礎物理学研究所
 准教授(研究当時) 板垣 直之 (いたがき なおゆき)
 (現 大阪公立大学 教授)
日本原子力研究開発機構
 主任研究員 宇都野 穣 (うつの ゆたか)
アイオワ州立大学(米国)
 教授 ジェームス・ヴァリー(James Vary)
 研究教授 ピーター・マリス(Pieter Maris)

各機関の役割
本研究は、理化学研究所、高度情報科学技術研究機構、東京大学、京都大学、日本原子力研究開発機構、アイオワ州立大学に所属する以上10名の国際共同研究グループにより行われました。理化学研究所が研究を統括し、理論計算の実行と論文の執筆を行いました。東京大学と高度情報科学技術研究機構は理論計算を実行しました。京都大学、日本原子力研究開発機構、アイオワ州立大学は数値計算の結果を議論しました。

研究支援
本研究での大型数値計算は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」および「富岳」の計算資源の提供を受け、実施しました(課題番号:hp190160、hp200130、hp210165)。本研究は、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「シミュレーションで探る基礎科学:素粒子の基本法則から元素の生成まで」(JPMXP1020200105)文部科学省ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」文部科学省HPCI戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造」、計算基礎科学連携拠点(JICFuS)、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「動的な殻構造形成とクラスター形成(研究代表者:大塚孝治)」「原子核におけるアルファクラスター発現の第一原理的研究(研究代表者:大塚孝治)」による支援を受けて行いました。

くわしくは理化学研究所のプレスリリースをご覧ください。
https://www.riken.jp/press/2022/20220427_2/index.html

掲載論文

タイトル
α-Clustering in Atomic Nuclei from First Principles with Statistical Learning and the Hoyle State character
著者名
T. Otsuka, T. Abe, T. Yoshida, Y. Tsunoda, N. Shimizu, N. Itagaki Y. Utsuno, J. Vary, P. Maris, and H. Ueno
雑誌
Nature Communications
DOI
10.1038/s41467-022-29582-0

補足説明

[1] スーパーコンピュータ「京」と「富岳」
「京」は文部科学省が推進する革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の中核システムとして、理化学研究所と富士通株式会社が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した、計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。「富岳」はスーパーコンピュータ「京」の後継機。2021年3月に共用を開始し、計算速度400ペタフロップス以上の性能を誇る。

[2] 第一原理計算
一般に、基本的・根源的なところから出発し、物理模型的な仮定などを入れずに結果を出す計算方法。多くの場合、基本的なものに関しては曖昧さが少ないので、計算の途中に近似や模型的な仮定などを入れないで得られた結果は信頼度が高いと考えられている。実験データを得ることが難しく、結果の検証が困難な場合などには特に意義が高くなる。

[3] アルファ崩壊
原子核がアルファ(α)粒子を放出して、別の原子核に変わる過程を指す。重い原子核では最もよく起こる崩壊様式の一つである。原子核の3大崩壊モード(他はベータ崩壊とガンマ崩壊)の一つでありながら他の二つとは違って、アルファ崩壊の起こる メカニズムや崩壊強度の理解は進んでいない。

[4] 超重元素
未知の重い元素を指すこともまれにあるが、専門的には原子番号104 のラザホージウム(Rf)以降の元素を指す。原子番号114のフレロビウム(Fl)の中性子数184付近の同位体に安定な超重元素があるのではないかと考えられ、探索の努力が続けられている。理研が発見した原子番号が113のニホニウム(Nh)も超重元素の一つである。

[5] ホイル状態
12C原子核の2番目の励起状態で、3個のα粒子が合体して形成される。英国の天文学者フレッド・ホイルが、天体での原子核反応で現在量の炭素原子が生成されるには、ホイル状態が存在するはずだと予言した。それが後に原子核物理の実験で確認されたのでこの名前が付いている。ホイル状態の原子核はほとんどの場合、3個のα粒子に戻ってしまうが、一部は12Cの第一励起状態に遷移する。それはさらに基底状態に遷移し、安定な12C原子核となる。これが、地球上に大量にある炭素の起源である。

[6] αクラスター
アルファ(α)粒子によく似た構造を持つ陽子2個、中性子2個の塊。原子核の中に 混ざっており、状況に応じて構造は多少変化する。以前からこのような仮説や模型は あったが、本研究がその存在と現れ方を初めて明確に示した。例えば、ベリリウム- 8原子核(8Be)は 2 個のαクラスターからできているが、2個が互いに引っ張り合っているので、どちらもアルファ粒子からは少し歪んでいる。

[7] 量子色力学
素粒子と呼ばれる粒子の中には、クォークやグルーオンからできている一群のものがある。それらはハドロンと呼ばれ、陽子や中性子、パイ中間子などが含まれる。ハドロンの性質を支配している原理が量子色力学である。量子色力学によって発生する力を解明し、1個~複数個のハドロンから構成される物理系の性質を明らかにするのは容易ではない。格子量子色力学計算によって、陽子や中性子の質量が計算できるようになったが、それらの間に働く力は十分な精度では求められていない。

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