機械学習を組込んだ第一原理強相関電子状態計算法を用いて、 銅酸化物超伝導の物質依存性を定量再現し、超伝導を制御する主成分が明らかに

機械学習を組込んだ第一原理強相関電子状態計算法を用いて、
銅酸化物超伝導の物質依存性を定量再現し、超伝導を制御する主成分が明らかに
−明らかになった銅酸化物の大局的位置の解明から物質設計の指針も−

早稲田大学
上智大学
物質・材料研究機構
2023年11月27日

発表のポイント

銅酸化物のような強相関電子系(注1)に適した第一原理計算手法(注2)に人工ニューラルネットワーク(注3)を用いる機械学習の手法を組み込んで開発した高精度の量子多体計算法(注4)を、任意パラメタなしに物質に即して適用し、スーパーコンピュータ「富岳」(注5)を活用して、40 年近くの謎だった銅酸化物の超伝導解明に役立てました。
最適超伝導転移温度の大きく異なる 4 種類の銅酸化物物質群とそのキャリア濃度依存性を網羅的に計算して実験で見られる物質依存性を再現しました。
現実の銅酸化物で超伝導がどのように制御されるかの主要因を突き止めました。
強い電子相関にもかかわらず、現実の銅酸化物では電子相関とともにさらに超伝導が増大するような「弱結合」領域に属するという、銅酸化物の大局的位置が明らかになりました。これにより、局所クーロン斥力(同じ符号の電荷をもつ電子間に働いている斥力的なクーロン相互作用)を強め、非局所クーロン斥力を弱めることがさらなる超伝導増強につながるという物質設計指針への示唆が得られました。
超伝導を引き起こすクーパー対の形成に必要な有効引力が、「強い局所斥力から有効引力が生じる」という一見逆説的な創発性に由来することを明らかにしました。
高温超伝導発生の背景に電子の「分数化」(注6)があるというメカニズムと符合する結果が得られました。

発表概要

 1986 年に銅酸化物で臨界温度の高い高温超伝導体が発見されて以来、銅酸化物は常圧での最高の臨界温度の記録を今も保持し続けています。その間、実験的にも理論的にも多くの進歩が積み重ねられてきました。しかし絶対温度で 10K(摂氏マイナス 263 度)以下から 130K(摂氏マイナス 143 度)以上にわたる、一連の銅酸化物超伝導体の最適臨界温度の多様性をはじめとして、多様な物質依存性を支配するミクロな原因は、今まで物理学における主要な謎の一つとして残されてきました。この困難は銅酸化物が強相関電子系という、電子間のクーロン斥力の効果が大きな物質群に属し、この強い相互作用から生じる複雑で困難な多体問題を現実物質に即して解くことが必要であることも、一因となっています。

 早稲田大学のシュミット ミヒャエル トビアス次席研究員(研究院講師)、モレ ジャン バティスト次席研究員(研究院講師)、早稲田大学/上智大学の金子隆威(かねこりゅうい)研究院准教授/客員准教授、物質・材料研究機構の山地洋平(やまじようへい)グループリーダー、早稲田大学/上智大学/東京大学の今田正俊(いまだまさとし)上級研究員(研究院教授)/客員教授/名誉教授(いずれも研究当時)は、この謎を解くために、銅酸化物に対して導いてあった第一原理計算に基づく任意パラメタのない有効ハミルトニアンから出発しました。有効ハミルトニアンは物性を決定する多体電子の支配方程式を与え、磁性や超伝導を始めとする現象の予測を可能とします。このハミルトニアンに対して、機械学習手法を組み込んだ最先端の量子多体計算法と独自開発した計算コードを使い、スーパーコンピュータ「富岳」や東大物性研究所スーパーコンピュータを活用した大規模計算をもとに、実験結果を再現する結果を得て、4 種の物質の詳細な物質依存性や差異と、共通性を両方明らかにしました。

 この結果、超伝導の強さ(超伝導秩序パラメタ)の大きさを制御する主要因子を突き止めるとともに、最適超伝導転移温度を与える公式も提唱し、調べた 4 つの物質すべてでよく満たされていることを示しました。

 このように現実の銅酸化物の物質依存性をよく再現することから、この一連の解析が精度の高いものであることが示され、超伝導の仕組みを現実物質に即して理解できる可能性が開けたことになります。実際、現実物質を表わすパラメタから離れてその周りのパラメタ探索を行なうことによって、現実の銅酸化物が大局的な電子状態相図の中で占めている位置を明らかにでき、さらなる高い転移温度の超伝導をめざすにはどうすればよいかの指針も得ることができました。また現実の銅酸化物でクーパー対を作るのに必要な電子間の有効引力が実際にどのように生じているかの理解が深まり、真空中や通常の金属中の電子とは顕著に異なる電子集団の特徴に関する知見も得られました。このように長年の物理学の難題であった銅酸化物高温超伝導の物質依存性や、現実物質に即した超伝導機構も、最近急速に進歩した第一原理計算手法や機械学習の援用、スーパーコンピュータ「富岳」の活用によって解明できることが示されました。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review X』のオンライン版(11 月 28 日付:現地時間)に掲載されました。

くわしくは上智大学のプレスリリース
https://www.sophia.ac.jp/jpn/article/news/release/20231127release/
および早稲田大学のをご覧ください。
https://www.waseda.jp/inst/research/news/75754/

 本研究は、文部科学省の科研費(課題番号:22H05111、22H05114)「学習物理学の創成」、文部科学省スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム「量子物質の創発と機能のための基礎科学―「富岳」と最先端実験の密連携による革新的強相関電子科学」(課題番号:JPMXP1020200104)および、「シミュレーションでせまる基礎科学:量子新時代へのアプローチ」(課題番号 JPMXP1020230411)の助成を受けて行われました。また、本研究の計算の一部には、理化学研究所計算科学研究センターに設置されているスーパーコンピュータ「富岳」 (課題番号:hp210163、hp220166、hp230207)、および、東京大学物性研究所のスーパーコンピュータが使用されました。

掲載論文

論文誌名:
Physical Review X」(オンライン版:11 月 28 日)
論文タイトル:
:Superconductivity studied by solving ab initio low-energy effective Hamiltonians for carrier doped CaCuO2 , Bi2Sr2CuO6, Bi2Sr2CaCu2O8, and HgBa2CuO4
著者:
Michael Thobias Schmid, Jean-Baptiste Morée, Ryui Kaneko, Youhei Yamaji, Masatoshi Imada

この論文はまたアメリカ物理学会(APS)発行のPhysics MagazineにおいてAPSが出版するジャーナル全体の中でのハイライト論文として選出され紹介されました。
URL: https://physics.aps.org/articles/v16/s170

用語解説

(注1)強相関電子系
電子が固体中を動き回る場合、あたかも自由電子のように振る舞う単純金属のような場合もあれば、強い電子間のクーロン相互作用の影響によってひしめき合い、もはや自由電子のように振る舞うことができなくなってしまう場合もある。前者に属する場合は周りの電子の影響をならして(平均化して)取り込むこともできる。しかし後者の場合、互いの電子がお互いに影響を及ぼし合って動く「多体問題」となるために膨大な自由度を丸ごと扱わなければならないだけでなく、電子が量子力学的な粒子であるために、「量子もつれ」という互いの絡み合いにより理解が困難になる。この後者のような状況が実現している系を強相関電子系とよぶ。高い転移温度で超伝導を発現することで知られる銅酸化物高温超伝導体は典型的な強相関電子物質である。
(注2) 第一原理計算手法
物質に含まれる原子や電子などの電荷、質量などの基本定数のみを用い、それ以外の任意パラメタを導入しない計算手法。また今回用いられた手法のように、実験で得られている結晶構造を用いて、物質の性質を明らかにする場合も第一原理手法と呼ぶ。このように物質ごとのパラメータ調節を必要とせず、電子の従う量子力学の基礎方程式と物質の基本情報のみを用いている数値計算が第一原理計算と呼ばれる
(注3) 機械学習、人工ニューラルネットワーク
機械学習は、データ間の非自明な関係を非線形関数でモデル化し、データの本質的なパターンを抽出することで、入力したデータから分類や予測などを行なうことを指す。人工ニューラルネットワークは機械学習に用いられる汎化性能の高い非線形関数系の一つで、脳の神経細胞(ニューロン)の繋がり方を模した数理モデルの総称。複雑な関数を効率よく表現でき、関数形がわからなくても、変数を与えたときの関数値を高精度で推定するように構成できる。近年では物質の状態を近似するためにも用いられている。本研究では、量子もつれした量子多体状態という、複雑な多変数関数である波動関数を表現するために用いられた。特に人工ニューラルネットワークとして、統計力学で現れる確率を模した確率生成モデルのうち、隠れたニューロン層が一層だけある制限ボルツマン機械と呼ばれるモデルが本研究では用いられている。
(注4) 量子多体計算法
量子力学的な状態は系の自由度やサイズが増大すると、自由度の指数関数で増大する状態の重ね合わせをしないと一般の状態表現ができない。そのため古典コンピュータで厳密に波動関数を表そうとすると、一部の例外を除くと指数関数的に多くの計算時間が必要になって現実的には計算不可能となる。この困難を乗り越えるために、近似ではあってもできる限り厳密な結果に近く、系統的に誤差を減らしていける数値シミュレーション手法が発展しており、これらを総称して量子多体計算法と呼ぶ。自然は量子力学に従っており、あまねく素粒子、原子核、物性物理学から宇宙に至るまで、この量子多体計算の必要性は高く、自然科学におけるグランドチャレンジの一つである。本研究では最高精度を記録している手法の一つである、多変数の変分モンテカルロ計算手法が用いられた。この手法の計算コードは
https://www.pasums.issp.u-tokyo.ac.jp/mvmc/
で公開されている。
(注5) スーパーコンピュータ「富岳」
スーパーコンピュータ「京」の後継機。2020 年代に、社会的・科学的課題の解決で日本の成長に貢献し、世界をリードする成果を生み出すことを目的とし、電力性能、計算性能、ユーザーの利便性・使い勝手の良さ、画期的な成果創出、ビッグデータや AI の加速機能の総合力において世界最高レベルのスーパーコンピュータとして 2021 年 3 月に共用が開始された。
(注6) 分数化
真空中では素粒子である電子のように、基本粒子と考えられている粒子が、物質中で粒子間に働く強い相互作用の結果、複数の別の粒子に分裂して、分裂した粒子が基本励起を担っているように見える現象のこと。

問い合わせ先

早稲田大学 理工学術院総合研究所 客員上級研究員・研究院客員教授
上智大学 客員教授
東京大学 名誉教授 今田正俊(いまだまさとし)
E-mail:imada[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

【発信元】
早稲田大学広報室広報課
E-mail:koho[at]list.waseda.jp
上智大学
E-mail:sophiapr-co[at]sophia.ac.jp

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