千葉大学大学院理学研究院 松本 洋介(まつもと・ようすけ) 特任准教授は、宇宙のプラズマ粒子の加速現象を解明しようとしています。このことは、2013年9月の月間JICFuS ですでに紹介しましたが、あれから6年のうちには、スーパーコンピュータ「京」を使った超大規模数値実験を行い、プラズマ粒子が“強い天体衝撃波”の作用を受けて加速する様子を明らかにするなど、大きな成果を上げています。
宇宙線=宇宙から飛来する高エネルギープラズマ粒子
今、この瞬間にも高いエネルギーをもつ宇宙線が地球に降り注いでいます(図1)。宇宙線とは宇宙からやってくる高エネルギーの荷電粒子(プラズマ粒子)のことで、最大のエネルギーは約1020eVにも達します。このエネルギーがどのくらいすごいのかを松本さんは、「粒子を1万個集めると1 Lの水を瞬時に沸かすことができます」と説明します。物質の粒子の場合、普通、1023個(1 mol)を一つの単位に考えるので、1万(104)個はとても少ないのです。それで瞬時に水を沸かせるのですから、1粒子のエネルギーの高さは相当なものです。これほど高エネルギーのプラズマ粒子は、宇宙の始まりを再現することを目的に荷電粒子をものすごい速度まで加速できる“加速器”を使ったとしても、地上ではつくることができません。そこで松本さんは、高エネルギープラズマ粒子が宇宙空間でどのようにしてできるかを解明しようとしているのです。
宇宙線が生まれる場所で何が起こっているか
Chandra衛星によるX線撮像を見ながら松本さんは、「空を見上げると、そこには年老いた星の最期の爆発“超新星爆発”が見られます(図2)。その周りが白く光って見えているのは、ほぼ光速まで加速された電子がシンクロトロン放射しているからです。また、この辺りには超音速の爆風によって衝撃波が発生しています」と話します。衝撃波とは、戦闘機などのように物体が空気中を音速以上の速度で移動する際にできる“強烈な圧力変化の波”のことです。電子は負の電荷をもつプラズマ粒子の一種ですから、超新星爆発によって発生した衝撃波近傍には、「ほぼ光速まで加速された高エネルギーの電子」という高エネルギープラズマ粒子が存在しているのです。では、このような状況で、どのようにして電子はシンクロトロン放射を起こすほど高エネルギー(高速)状態になるのでしょうか。プラズマ粒子の挙動は、ブラソフ方程式で表すことができます(図3左)。プラズマ粒子は最初、熱的な粒子なので、エネルギーに対して粒子数をプロットすると正規分布をしており、極端にエネルギーの高い粒子は存在していません(図3のグラフ青)。それが“プラズマの運動”と“プラズマに働く力”の作用によって粒子の運動が変化していくと、その中に少数ですが高いエネルギーをもつ非熱的粒子が現れ、プラズマ粒子はべき乗分布するようになります(図3のグラフ赤)。この高エネルギーのプラズマ粒子の中に、ほぼ光速で運動する粒子が存在するのです。松本さんは、この粒子がどのようなプロセスを経てそこまで加速されるのかに興味があり、「京」を使った超大規模数値実験に挑みました。
電子の運動の詳細を解明
「選ばれしモノが加速し宇宙線となって地球に飛来する」
「ブラソフ方程式を解けば、プラズマ粒子の挙動については全てわかります。ただし、ブラソフ方程式をベースに第一原理計算を行うということは、空間が3次元、さらに各方向の運動が3次元の計6次元の方程式を解かなければなりません。大部分を占める熱的粒子から非熱的なエリート粒子がどのようにして生まれるかを明らかにするため、1兆個の粒子の運動を解く膨大な計算をしました」。これを可能にしたのが、スーパーコンピュータ「京」の計算資源です。計算能力の約10%に相当する73728計算コアと100テラバイト物理メモリを使い、かかった時間は約2カ月。解析データは1ペタバイトにもなりました。これほどの大規模計算をした結果、松本さんたちの研究グループは、世界で初めてプラズマ粒子を加速する「強い衝撃波の3次元構造」を明らかにしました(図4)。その成果は、2017年9月にアメリカ物理学会が発行するPhysical Review Letters誌に掲載されました*1。
計算結果から得られた電子密度の変化を可視化したところ、衝撃波面に電磁場がうねうねとうごめく複雑な構造(乱流磁場)が現れました(図4上)。さらに電子の運動を可視化することで、ほとんどの電子が抜けていく中で、特徴的な運動をしながら2段階のプロセスを経て加速するものがあるのを捉えたのです(図4中)。
これらを総合すると、上流からやってきた電子のごく一部が、第一段階としてコヒーレント(波の形が揃っている)な電場の波と相互作用しながら加速します。その下流の衝撃波面近傍には強い乱流磁場があるので、これにより第二段階として電子は繰り返し散乱ながらさらに加速していました。前者は、その様子がサーフィンをしているかのようなのでサーフィン加速、後者は衝撃波面を電子が横滑りするのでドリフト加速と呼びます。特にドリフト加速では、電子が強い乱流磁場に散乱されながら衝撃波面近傍の加速領域に長時間閉じ込められて加速が続くので、電子によっては相対論的なエネルギー(ほぼ光速で運動するエネルギー)に達することがわかりました。つまり、電子は宇宙空間で“サーフィン”して“ドリフト”してエネルギーを得ていたのです。
めざすのはポスト京「富岳」とAIを駆使した
陽子(プロトン)加速の解明
「京」を使って大きな成果を上げてきた松本さんですが、さらに計算資源の多いポスト京「
しかし今後、研究を続けていくには、ほかにも大きな問題があると言います。「電子と同様に陽子についても1兆粒子のブラソフ方程式を解くのはスーパーコンピュータで実行しますから、それほど心配はしていません。むしろ、自分のもっている計算資源やメモリで結果のデータを解析しなければならないことが問題です。。今回の電子の解析もたいへんで、しばらく研究をやりたくないなと思うほどでした」。どんなに「富岳」でたくさんのデータが取れるようになっても、データ解析の状況が改善できないと、研究を続けるのは難しくなっていきます。そこで松本さんは、最近目覚ましい進歩を遂げているAI(人工知能)を活かせないかと検証を始めました。具体的には、今もっているプラズマ粒子の軌道運動の大量のデータをAIのニューラルネットワークに学習させ、どういう条件のプラズマ粒子が加速するのか、最初の粒子軌道の条件を入れれば、その粒子がどのように加速するかを予測できるようにしようとしています。
最初の5点の情報を与えて、その後の粒子の軌道を予測する検証実験を行いましたが、現状では、傾向は予測できるものの磁場に対する旋回運動という特徴的な運動はまったく表現できていません(図5左)。またプラズマ粒子のエネルギー分布も、正解データを十分な精度でAIによって予測できるレベルにまでは至っていません(図5右)。このような点を改善して、ポスト京「富岳」での研究の助けになればと松本さんは頑張っています。
こうした準備と、これまでに蓄積された研究成果によって、「富岳」でも大きな成果が期待できそうです。
*1 発表雑誌 雑誌名 : Physical Review Letters 119巻10号(2017年9月8日)、タイトル : Electron surfing and drift accelerations in a Weibel-dominated high-Mach-number shock、著者 : Y. Matsumoto, T. Amano, T. N. Kato, and M. Hoshino 、DOI : 10.1103/PhysRevLett.119.105101
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