太陽表面に現れる「黒点」。周りより温度が低く、強い磁場に満たされた場所です。黒点の数は太陽の活動状況によって増えたり減ったりしており、それは11年の周期で繰り返されています。太陽の観測・研究が始まってすでに400年経ちますが、「どうして“11年”なのか」についてはわかっていません。千葉大学大学院理学研究科の堀田英之(ほった・ひでゆき)特任助教は、この問題に独自のアイデアで挑み、スーパーコンピュータ「京」を使ったシミュレーションで新たな成果を上げています。
最近、太陽が少し変?!
「1600年代の初め、ガリレオ・ガリレイが自分でつくった望遠鏡を使って、太陽を観測していました。以来、観測が続けられてきましたが、今、太陽の活動がちょっと変なんです」と最近の太陽について話す堀田さん。大学院生の頃からずっと、太陽の黒点について研究しています。
黒点とは太陽表面にある黒い点のことです(写真1)。太陽表面は普通、温度6000℃、磁場30ガウスほどですが、黒点の部分は4000℃、3000ガウスと低温で強い磁場をもった場所です。黒く見えるのは、周りより温度が低いためです。また点といわれますが、その大きさは幅3万 km、地球3個が入ってしまうほどです。
黒点は現れたり消えたりするので、太陽表面の黒点の数は常に変わります。その周期は11年になっています(図1)。ところが、前回の周期はその長さが13年に伸びていたというのです。これは、ガリレオが太陽の観察を始めてから数十年後の状況とよく似ています。当時の太陽は黒点の数が極端に少なかったことから「マウンダー極小期」などと呼ばれており、その影響からか地球は今より寒かったという説もあります。そのため太陽の研究者の中には、「太陽は今、約400年ぶりにマウンダー極小期を迎え、地球環境も大きく変わるのではないか」と考えている人がいるのです。
黒点はどのようにしてできるのか?
最近の黒点の異常な周期を気にかける堀田さんですが、黒点の研究では、やっとそのでき方がわかり始めたばかりだといいます。それほど、黒点研究は難しいようです。
太陽内部では水素の核融合反応によって、膨大なエネルギーがつくり出されています。このエネルギーは、太陽の中心から順に放射層、対流層を通って外へと放出されます(図2)。エネルギーは放射層では光として運ばれ、対流層ではプラズマの熱対流によって伝えられています。プラズマは電気を帯びているので、その流れは磁場を発生させます。磁場が特に強い場所では、この磁場がプラズマの対流を妨げ熱エネルギーの流れを遮るので、周りよりも温度が低くなります。こうして温度が低くて、磁場が強い「黒点」が出現するのです。
「実際のプラズマは、図2のようにキレイに対流しているわけではありません。粘性がとても小さいこと、そして太陽の自転や磁場などの影響を受けて、グチャグチャなんです。黒点はこのグチャグチャの乱流から発生するのに、11年周期やバタフライダイヤグラムなどキレイな法則に従います。不思議ですよね(図3)」と堀田さん。黒点の謎を解くには、ますプラズマの乱流をちゃんと理解することだと考え、研究を進めています。
新たなアイデア「音速抑制法」で世界と勝負
黒点の研究といえば、アメリカ大気研究センター(NCAR)の高高度観測所(HAO)に最大のグループがあり、多くの研究成果を上げています。堀田さんは学部4年のとき、このグループが発表した太陽表面のシミュレーション動画を見て、自分もこうした研究をやりたいと、HAOのマティアス・レンペル博士のところを訪れました。そのときから堀田さんは、アメリカと日本を行き来しながら研究することになりました。ところが、トップ研究者の中にいるうちに「先人たちはすごいけれど、同じことをやっていては進まない。何か新しいアイデアを考えなくては」と思うようになったといいます。大学院生の頃のことでした。
太陽表面に黒点ができる様子をシミュレーションで再現するには、対流層におけるプラズマの乱流を詳細に計算しなければなりません。計算には音波の影響が含まれていて、これがどうしても計算の邪魔になってしまいます。HAOのグループは、音波が無限大の速さだと仮定することで、音波を計算する必要をなくし邪魔を取り除いていました。このアネラスティック近似といわれる方法はなかなか優れていて、太陽の中心から98%のところまでのプラズマの乱流の計算を可能にしました(図4左)。太陽半径の2%は、おおよそ地球の直径と同じ長さです。
ところがこの方法には、「京」などCPUの多いスパコンを使って計算をしようとした場合に、計算負荷が大きくなり過ぎて、スパコンの能力を生かせないという問題がありました。そこで堀田さんは、音波の速さを逆に抑えてしまう「音速抑制法」を考えたのです。「音速を無限大と仮定していいということは、この計算では音波は重要ではないのかもしれないと思いました。だったら、音速を抑制してもいいのではないかと発想したのです」。音速抑制法はさまざまな検証を経て、その妥当性が確かめられ、太陽表面を再現するシミュレーションに使われるようになりました。「京」を使って計算できると決まってからは、さらに改良が加えられました。
表面到達まで、あと1%
図4右は、「京」で音速抑制法を行った結果得られた太陽表面のシミュレーション動画です。従来のもの(図4左)に比べて、明らかに細かな乱流を表現できているのがわかります。より細かいスケールで表現できるということは、より正確にプラズマの乱流を理解できるということです。これは、音速抑制法によって多くのCPUを効率的に使って細かい乱流まで計算できるようになったため、中心から99%のところまで数値計算できるようになったからだと堀田さんはいいます。従来法の98%からたった1%しか表面に近づいていませんが、98%の地点より温度は下がり、それに伴って渦巻く乱流のスケールもずっと小さくなります。その様子は、98%地点とはまったく違っているのです。それを再現したことは、音速抑制法の大きな成果です。
この1%の前進は、これまで不可能だった「太陽の表面勾配層」も再現しました(図5)。表面勾配層とは、太陽表面にある「流れの速度が急激に変化する部分」のことで、黒点の運動に影響していることが知られています。最新のシミュレーションでは、黒点らしきものが現れるようになりました。
一方で、まだ再現できないこともあります。それが、残された表層1%です。堀田さんのシミュレーションを見ると、外側に白抜きの部分として描かれています。「表面まであと1%。もう少しだという印象かもしれませんが、この1%を明らかにするのはかなり難しいと思います。もしかしたら30年かかるかもしれません」。堀田さんは自身の研究者人生をかけて研究する覚悟です。
太陽の黒点は堀田さんをどうしてそこまで夢中にさせるのでしょうか。黒点の謎に迫りたいといのはもちろんですが、その先に流体への深い理解があるからだといいます。というのも、太陽は地球に一番近い恒星としてとてもよく研究され、多くのことがわかっています。堀田さんがプラズマの乱流について考えたことは、太陽の実物に照らし合わせてみれば、正しいのか間違っているのかがすぐにわかります。間違っていれば、何がいけないのかすぐに考えられる。こうして黒点の謎に迫りながら、同時に流体の不偏の物理を追い求めてもいるのです。