小学校に入る前から、図鑑を見ては「宇宙はどうなっているのだろう」と思いをめぐらせてきた国立天文台特任助教の高橋博之(たかはし・ひろゆき)さん。ブラックホールの研究をしないかと誘われた高橋さんは「ぜひやらせて下さい」と二つ返事で現在の研究チームに入りました。
高橋さんが取り組むのは、これまでの定説では理解できないほど急激に成長するブラックホールの様子。高橋さんが研究で明らかにしたブラックホールとはいったいどのようなものなのでしょうか。
観測研究から見えてきた超大質量ブラックホールの存在
ブラックホールは恒星の最後の姿のひとつです。太陽の約8倍以上の質量の星は、進化の最後に超新星爆発を起こします。そのうち、太陽の約30倍以上の星の爆発後に残る残骸の一種にブラックホールがあります。重力が非常に強く、光をも吸い込んでしまうということでブラックホール(黒い穴)と呼ばれるようになりました。
ブラックホールには、恒星程度のものから太陽の数億倍までさまざまな質量のものがあります。ここ10年くらいの観測研究で、宇宙にはものすごく明るく輝く、とても質量の大きいブラックホールがあることがわかってきました。普通のブラックホールの質量は太陽の10倍~100倍くらいですが、遠くの銀河には太陽質量の10億倍もある超大質量ブラックホールが見つかっています。
遠い銀河からの光を観測することは、その光が放たれてから私たちのところへ届くまでにかかった時間の分だけ昔の状態を見ていることになります。これまで観測により見つかった最も遠い超大質量ブラックホールは、地球から130億光年前後の距離にあります。つまり、138億年前のビッグバンから10億年程度で、すでに太陽質量の10億倍以上の超大質量ブラックホールができあがっていたことになります。
ブラックホールは、あらゆる物質を吸い込んで質量が増えていくことで「成長」します。これは、長い年月をかければ、どんな超大質量のブラックホールにも成長できることを意味します。しかし、最初期の低質量ブラックホールは宇宙の誕生後、数億年で生まれています。超大質量までわずか数億年でブラックホールが急成長するというのは、発見以前に考えられてきたブラックホール成長メカニズムでは説明がつきません。常識を覆すようなブラックホールの成長の仕方に関する研究が始まりました。
超大質量ブラックホールはどのように作られたのか
ブラックホールが急激に成長する方法は2つ考えられます。1つは、ブラックホール同士が衝突合体して成長していく方法。もう1つは、ガス降着という方法です。ガス降着とは、ブラックホールにガスが落ちていって成長する方法です。周辺にあるガスだけでなく、ブラックホールの潮汐力により破壊された星なども吸い込まれてきます。
どちらも正しい可能性がありますが、高橋さんたちは、ガス降着でブラックホールの急成長が可能かどうかについて研究をしています(図1)。
臨界を超える成長速度
まず、これまで考えられてきたブラックホールの成長速度について説明しましょう。ブラックホールにガスが吸い込まれる(降着する)ときに、吸い込まれるのを邪魔する方向に光が出てきます※1。この光が持つエネルギーのせいで、ブラックホールにガスが降着する単位時間当たりの総量(成長速度)には限界があると考えられてきました。この成長速度の限界のことを「臨界降着率」と呼びます。臨界降着率でブラックホールが成長した場合、つまり、もっとも速く成長した場合でも、1億太陽質量のブラックホールは1年間で太陽1個分の重さしか成長できません。これでは、近年発見された遠い銀河にある超大質量ブラックホールはできない計算になります。つまり、「臨界降着率」を超える「超臨界降着」が起こっているはずなのです。
高橋さんの共同研究者でもある国立天文台の大須賀健助教らは、「超臨界降着は可能」ということを研究で明らかにしました※2(動画1)。ガスが落ちてくる方向と異なる方向にも光は逃げると考えれば、ブラックホールから出てくる光による邪魔が少なくなり、臨界降着率を超えられるとわかったのです。
では、いったいガス降着の速度は臨界降着率の何倍くらいなのでしょうか。
高橋さんは、スーパーコンピュータ「京」を使って、シミュレーションを行いました。「何倍」という数値を求めるために、過去の研究よりも精確にするための工夫がいくつも盛り込まれた計算です。たとえば、高橋さんは、これまでの研究では考慮されていなかった相対論的効果を取り入れています。光速に近い現象を扱うブラックホール近傍での定量的研究には、相対論的効果も考慮することが重要なのです。複雑な方程式を解くことになるため計算量が膨大になりますが、「京」の登場で計算が可能になりました。
また、成長の原料であるガスがブラックホールに供給される速度を初期条件として設定できるようにもしました。過去の研究では、大量のガスがブラックホールの近傍にあるという計算方法でした。しかし、この方法ではガスがブラックホールに吸い込まれて残りのガスが減ってくると、ブラックホールの成長速度が遅くなってしまうのです。高橋さんの計算方法なら、扱うブラックホールごとに近傍のガス供給量を設定できます。
計算の結果、臨界降着率の少なくとも7000倍は速く、ブラックホールが成長できることがわかりました(動画2、図2)。これなら、遠くの銀河で見つかった超大質量ブラックホールに成長するまでの時間は100万年ほどという計算になります。
高橋さんの計算では、ブラックホールから出てくる「アウトフロー」の速度も求まりました(図2 緑△)。この計算では、光の伝播をこれまでの研究より精確に計算できる式を用いています。アウトフロー速度は、光速の30~40%という計算結果でした。この速度は、超臨界降着が起きていると考えられる天体である超高光度X線源(ULX : Ultra Luminous X-ray Sources)SS433からのアウトフロー速度が光速の30%であるという観測結果※3とよく一致しており、計算結果の信頼性の高さがうかがえます。
究極の目標
謎をひとつ解き明かした高橋さんは、「まだまだ明らかにしたいことがある」と言います。
たとえば、現在は近似を使っていますが、光子1つ1つが持つエネルギー分布を考慮にいれたボルツマン方程式を解くような計算をしたいそうです。これでより真実に近づくことができます。光が飛んでいく方向についても近似を使わない計算が考えられます。
これらを実現するためには、より速いスーパーコンピュータが必要です。2020年に運用開始予定の次世代スーパーコンピュータ「ポスト京」であれば、計算ができるはずだと高橋さんはその完成を楽しみにしています。
そして究極の目標は「ブラックホールの本当の姿を明らかすること」と高橋さんは考えています。
注釈
- 1
- ガスはブラックホールの重力によって吸い込まれ、その際、自身が持つ位置エネルギーは解放される。そのエネルギーが光に変わって放出されるので、ブラックホール近傍から光がでてくる。ただし、円盤の内側で発生した光は円盤ガスと衝突を繰り返して結局はブラックホールに吸い込まれる。円盤表面で発生して運よく逃れ出た光のみが、明るく輝いたり、アウトフローを作ったりする。
- 2
- Hiroyuki R. Takahashi & Ken Ohsuga ’15, accepted for publication in Publications of the Astronomical Society of Japan. The online version is now available.
http://pasj.oxfordjournals.org/content/early/2015/02/19/pasj.psu145.abstract?keytype=ref&ijkey=oakbBrxzIHkyptn - 3
- Marshall, Herman L., Canizares, Claude R., & Schulz, Norbert S., 2002, ApJ, 564, 941