重い星が最期を迎える時に起こす“超新星爆発”は、興味深い天体現象として、そのプロセスを明らかにする研究が行われています。スーパーコンピュータ「京」を使って進められている重点課題9のサブ課題Bでも、2つのグループが超新星爆発の解明に取り組んでおり、月刊JICFuSでも、その研究者たちを取り上げてきました。京都大学基礎物理学研究所/早稲田大学理工学術院客員研究員である大川博督(おおかわ・ひろただ)さんは、“ニュートリノ輻射輸送を、ボルツマン方程式を使って厳密に計算する方法”を使って超新星爆発の真実に迫ろうとしています。
超新星爆発研究の難しさ
太陽質量の8倍以上の重い星は、最期を迎える時に、“超新星爆発”と呼ばれる大爆発を起こします。それは、夜空に突然現れるひときわ明るい星として、肉眼でも観測されることがあり、その存在を疑う余地はありません。日本では1970年代に、星が超新星爆発に至るプロセスを解明する研究が始まり、数値シミュレーションで、コンピュータの中に爆発を再現しようと試みられてきました。爆発がコンピュータの中で起こるようになったのは、2000年代に入り、計算能力の高いスーパーコンピュータが登場してからのことです。それでも、シミュレーションによっては爆発しないことがあって、2011年6月のJICFuSの記事では、国立天文台の固武 慶(こたけ・けい)助教(当時)が、自分たちの星は“まだ、爆発していません”と語っていました。そして2014年、固武さんたちのグループが「京」を使ったシミュレーションで、空間3次元の超新星爆発に成功したことは、ニュースになりました。
「計算を軽くするために、次元を落としたり、計算の一部を近似にしたり、少しさぼります。それは、計算を実現するためにどうしても必要なことですが、さぼった部分が重要だったら、爆発は起こりません」と先輩たちの功績を振り返りながら超新星爆発研究の難しさについて話すのは、京都大学基礎物理学研究所の大川さん。
この時、これまで超新星が爆発しなかった原因は、シミュレーションの際に採用していた「次元」だとわかりました。空間は3次元ですが、それを真面目に計算したのでは、計算量が多くなってしまい、以前のコンピュータの能力では計算できませんでした。そこで、星を完全な球状だと仮定して、1次元の計算に落とし込み、計算量を減らす工夫をしていました。「京」の登場によって、空間2次元や3次元のシミュレーションが可能になって、ようやく爆発したのです。今では、「爆発が、すべての方向に均一に広がっていくわけではないため、完全な球状と仮定してはいけなかった」とされています。
ニュートリノ輻射輸送を真面目に解く
「私は、ニュートリノ輻射輸送を真面目に解きたいのです」と大川さん。いったいどういうことなのでしょうか。「一口に超新星爆発といっても、星の内部構造はさまざまで、それによって爆発の様式も変わってきます。そのため、いろいろな星を想定した研究をしなければなりません。この場合、たくさんの星のモデルを扱う必要から、一つ一つのモデル計算にあまり時間をかけられません。そこで計算の一部に近似を採用するなどして計算を軽くします。一方で、超新星爆発の真実に迫るには、近似などを使わずに、考えられる物理をすべて盛り込んだ第一原理的なモデル計算をする必要もあります」。数値シミュレーションで爆発を起こせるようになった今、超新星爆発の研究は、この2つのスタンスで進められています。大川さんが“真面目”と言うのは、近似を入れないで厳密に計算するということです。
ニュートリノ輻射輸送を真面目に解くために大川さんが使っているのが、「6次元ニュートリノ輻射流体計算コード」です。この計算コードの特徴は、まず、星の内部は従来のコードと同様に流体として扱います。重力については、一部、一般相対性理論の効果を取り入れ、そして最も重要なのが、ニュートリノの輻射輸送を厳密に計算することです(図1)。
ちなみに重力に一般相対性理論の効果を入れるのは、超新星のように太陽質量の何倍も重い星では、重力を「質量をもつ物体によって時空に生じたひずみが生み出す物理的効果」として表現する必要があるからです。
6次元ボルツマン方程式が鍵
この計算コードで最も重要だという「ニュートリノの輻射輸送を厳密に計算する」とはどういうことでしょうか。それを理解するには、星が超新星爆発に至るプロセスを知らなくてはなりません(図2)。ごく簡単に説明すると、①太陽の8~20倍の質量の星の最期は、内部の鉄の分解によって自らの重みに耐えられなくなって重力崩壊を起こすことから始まります。②崩壊が進んで中心密度が1014g/cm3まで高まると、中心に中性子でできた固い中性子星が形成されます。すると周囲から落ちてくる鉄が中性子星の表面で跳ね返され、衝撃波が発生します。この衝撃波が星のサイズを超えて外へ伝わると、超新星爆発は起こります。しかし衝撃波は鉄にエネルギーを奪われ、勢いを失って爆発しません。③勢いを失った衝撃波を復活させるメカニズムが、これまでいろいろ考えられてきましたが、中でも有力なのがニュートリノ加熱機構です。中性子星から放出されるニュートリノのエネルギーによって星の内部が再加熱され、衝撃波が勢いを取り戻し爆発に至るのです。
「6次元ニュートリノ輻射流体計算コード」では、ニュートリノ輻射輸送、すなわちニュートリノが中性子星の内部で拡散しながら、放出されたり吸収されたりする過程の熱量を厳密に計算します。そのために使われているのが、6次元のボルツマン方程式です(図3)。ボルツマン方程式は、気体分子の分布関数がどのように時間変化するかを表わす方程式で、気体の輸送現象を議論する際によく用いられます。まず、①星内部でニュートリノがどこにどれだけあるのかを表す分布関数\(f_{\nu}\)を、星の中心からの距離\(r\)と角度\(\theta\)、その地点での運動量を表す3変数\((\epsilon_{\nu},\theta_{\nu},\phi_{\nu})\)と、時間\(t\)を加えた6つの変数で記述しています。分布関数\(f_{\nu}\)は、ニュートリノが原子核などと相互作用を起こすことによって時間変化します。②これを表す「時間変動項」と、ニュートリノの流れによる分布の変化を表わす「移流項」の和が、ニュートリノが原子核などと衝突して反応を起こす項「衝突項(\(\nu\)反応)」とイコールで結ばれているのが、6次元ボルツマン方程式です。6次元と言われるのは6つの変数で記述されているからで、これでニュートリノの輻射輸送を厳密に計算できます。
真面目に解くと見える真実
「目標は、ニュートリノ輻射輸送を真面目に解いた時に、どのように超新星爆発が起こるかを知ることです。さらに、こうして真面目に解いたものと、近似の入ったものを比べることで、超新星爆発に本当に大事な物理が何なのかがわかると期待しています。そうすれば、今後、どこまで計算をさぼってもいいのかわかると思うのです」と大川さんは、この研究の意義について話します。
そして、最近、「京」を使って結果が出始めたという中で、すでに重要な知見が得られていると言います。「星には柔らかい星と、固い星があります。超新星爆発を起こす星の状態はわかっていないので、私達のグループでは、柔らかいものも固いものも含めて、とにかくいろいろな状態方程式を入れて計算してみました。一つの計算に、「京」の1536ノードを使って半年もかかるので、こうした検討はとても面倒でしたが、“柔らかい星の方が超新星爆発を起こしやすい”という結果を得ることができました(図4)。これはすでに言われていることなので、同じことを示したにすぎないようですが、そうではありません」と大川さん。超新星爆発については、多くの研究者が取り組んでいますが、それぞれが重要だと考えている物理を取り入れて計算しているため、系統的に研究が進んでいるわけではありません。そのため、超新星爆発について明確にわかっていることはほとんどありません。今回、系統的な研究から知見が得られたという事実は、今後の超新星爆発研究に新しい展開をもたらす可能性があるのです。
ポスト京に向け、空間3次元の計算コードを開発
これからの展開が楽しみな「6次元ニュートリノ輻射流体計算コード」によるシミュレーションですが、お気づきの方もいるように、空間は2次元です(図1)。つまり、本当の意味では、まだ“厳密”ではありません。3次元でないのは、もし次元を上げたら計算量が今よりも大幅に増え、「京」でも計算が難しいからです。しかし、大川さんたちはすでに空間次元を3次元に上げた「7次元ニュートリノ輻射流体計算コード」を開発しています。これはポスト「京」の稼動を見据えてのことで、今は、「京」でできる範囲で計算コードが物理的に間違っていないかなど検証を行っています。
ポスト「京」が完成して、「空間3次元、重力を完全に一般相対性理論で扱い、ニュートリノ輻射輸送をボルツマン方程式で厳密に計算するシミュレーション」が行われたとき、私たちは本当の超新星爆発の姿を知ることになるでしょう。
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