2013年8月20日(火)~8月24日(土)に京都大学基礎物理学研究所で、3回目となるサマースクール「クォークから超新星爆発まで-基礎物理の理想への挑戦-」が開催されました。京都大学教授の青木愼也(あおき・しんや)校長、23人の講師・ティーチングアシスタント(TA)の元、37人の受講生が数値シミュレーションを学びました。
超新星爆発した人?
受講生は、1~2日目は格子QCDシミュレーションによりクォークの質量と核力を求め(QCDコース)、3日目は求めた核力を利用して密度汎関数理論による原子核計算(原子核コース)を、4~5日目には求めた核力を導入して超新星爆発シミュレーション(宇宙コース)をそれぞれが行い、物質の階層を越えた最前線の数値シミュレーションを体験しました。各コースの初めには、最前線で活躍する研究者の講義があり、その後、実践講座に臨みました。
初めに青木校長がスクールの全体的な流れを説明したあと、このスクール運営に関わる新学術領域研究「素核宇宙融合による計算科学に基づいた重層的物質構造の解明」(領域代表者・青木慎也、2008年度-2012年度)、計算基礎科学連携拠点、HPCI戦略プログラム分野5の紹介をしながら、素粒子、原子核、宇宙分野がお互いの接点できっちり共同研究をすることで連携してきたことを説明し、「このサマースクールの趣旨は、その結びつきを体験してもらうことです」と話しました。
続いてオリエンテーションがあり、スーパーコンピュータへのログインの仕方、UNIXコマンドを用いてディレクトリ間の移動やファイルのコピー、解凍などの基本的な作業の方法、gnuplot(グニュプロット)と呼ばれるグラフィックツールを用いて格子QCDで計算されたデータのプロットなどを学びました。
初日から始まったQCDコースでは、橋本省二(はしもと・しょうじ)高エネルギー加速器研究機構(KEK)教授が、格子QCDシミュレーションの手法について簡単に説明した後、研究の最前線について講義し、標準理論のほころびを探そうと呼びかけました。講義後には受講生からたくさんの質問が寄せられました。
休憩をはさんですぐに「格子QCDシミュレーションによるハドロン質量の計算」の実習がKEKの松古栄夫(まつふる・ひでお)助教が中心となり始まりました。2012年7月に公開された格子QCD共通コード「Bridge++」を用いて、CP-PACSコラボレーションによって生成された配位データからクォークの伝搬関数を解き、ハドロンの相関関数を組むプログラムを使って、π中間子、ρ中間子、陽子の質量を算出しました。実習に使われた配位データも格子QCD共通コードも公開されているので、興味をもった受講生は、スクール後も自分で研究を進めることができます。
2日目のQCDコースは、土井琢身(どい・たくみ)理化学研究所研究員、石井理修(いしい・のりよし)筑波大学准教授が中心となり、「格子QCDによるニ核子間に働く核力の計算」を行いました。
QCDから核力を求めるのは大きな難問でした。QCDの生みの親の一人でノーベル物理学賞受賞者の南部陽一郎(なんぶ・よういちろう)博士が、15年ほど前の著書で“QCDから計算によって核力を求めるのは無理な話だ”と書いているほどでした。しかし、2007年、青木校長、初田副校長、石井准教授の研究によりブレークスルーがなされ、格子QCD計算によって核力が求められるようになりました。受講生からは「学部生のときに計算した傾きから質量を求めたことはあるが、その時は作業のように計算していました。今回は相関関数からどのように質量が出てくるのか説明があった上で計算でき、学びなおせてよかったです」と話しました。
3日目の原子核コースは、緒方一介(おがた・かずゆき)大阪大学准教授の「微視的反応論を用いた実証的原子核物理学のすすめ」と題する講義からスタートしました。緒方氏は素粒子・原子核・宇宙の繋がりを見渡したときの原子核物理の面白さとして、不安定原子核のハロー構造を示し、その大きさ(反応断面積)を核力をもとに求める方法を説明しました。Ne中性子過剰核の計算結果が実験で求められた反応断面積とよく合っていることを示し、原子核の性質を定量的に実証できると話しました。
続く実践講座原子核コースでは、サマースクールシリーズ初となる密度汎関数理論による原子核計算の実習が行われました。理化学研究所の中務孝(なかつかさ・たかし)准主任研究員、鷲山広平(わしやま・こうへい)基礎科学特別研究員、佐藤弘一(さとう・こういち)基礎科学特別研究員が中心となり、密度汎関数理論を用いて質量数の違いによる基底状態の原子核の形を計算し、中性子を束縛できなくなる限界の中性子数である中性子ドリップラインや陽子ドリップラインをスズの原子核で求めました。受講生は「シェル構造が視覚的に見えたのがよかった」と感想を寄せました。
4日目からはいよいよ宇宙コースです。はじめに山田章一(やまだ・しょういち)早稲田大学教授から、超新星爆発の物理と数値シミュレーションについて講義がありました。山田教授は最新のシミュレーション結果を見せながら超新星爆発について詳しく解説し、超新星爆発と関連した高エネルギー現象は、我々にハドロンとニュートリノ物理に関するかけがえのない情報を提供するでしょうと、話しました。
続いて住吉光介(すみよし・こうすけ)沼津工業高等専門学校教授、鷹野正利(たかの・まさとし)早稲田大学教授、長倉洋樹(ながくら・ひろき)京都大学研究員が中心となり、シミュレーションで超新星爆発を起こすことを目指して実習が始まりました。
前半は、2日目に求めた核力から中性子物質の一核子あたりのエネルギー(状態方程式)を求め、それを元に、中性子星内部の物質はどのような性質を持っているのかを系統的に数値計算をして調べました。次に非圧縮率Kの違いによる状態方程式の変化によって中性子星・超新星コアの性質がどのように変わるのかを調べ、状態方程式が爆発にどのような影響を与えうるのかを学びました。
後半は、いよいよ超新星爆発の数値シミュレーションに取り組みました。まず、1次元(球対称)の超新星爆発計算を行い、ニュートリノの効果の有無により爆発する/しないが大きく異なることを確かめました。最後に、受講生自らが選んだ非圧縮率Kの値で、2次元の超新星爆発シミュレーションの計算ジョブをスーパーコンピュータに投入して、この日の実習は終わりました。それぞれが異なる値を選んでシミュレーションしたグループもありました。
そして次の日の朝……受講生の20%から30%が爆発させられましたが、他は爆発せずに、ブラックホールに至る例になってしまいました。しかし、この日の本番はこれからです。実際の研究でも、爆発したら終わりではなく、なぜ爆発したのか、しなかったのか、その原因の解析が必要です。受講生は計算データからムービーを作成するなどして、爆発すれすれの状況を解析しながら、爆発が多次元的に起こる様子について理解を進めました。超新星爆発では状態方程式が重要な鍵であることを学び、核物理と天体現象のつながりについて、シミュレーションで実感しました。
広島大学の村上祐子さんは「超新星爆発をさせる上で考えなくてはいけないパラメータがたくさんあることを実感し、超新星爆発がどんな風に大変か身にしみてわかりました。今回はそれでも簡単なモデルを扱ったので、最前線は相当ハードだと思いました」と話していました。こうして、クォークから超新星爆発までの一貫したストーリーが完結しました。
最終日の午後は、青木校長による3講座のまとめと、修了書授与式がありました。青木校長は「暑い中、本当にお疲れ様でした。このサマースクールがきっかけとなって、我々の分野に参入してくれる研究者が増えることを期待します」と話し、最後に受講生一人ひとりに青木校長から修了書が手渡され、サマースクールは無事終了しました。