6月18日(月)~19日(火)に、筑波大学計算科学研究センターにて素核宇宙融合レクチャーシリーズ「Monte Carlo approach to string/M theory」が開かれました。第6回目となる今回講師をつとめたのは、ストリング理論の研究者で高エネルギー加速器研究機構特任助教の花田 政範(はなだ・まさのり)さん。ストリング理論、格子ゲージ理論の研究者を中心に、2日間で45人の参加がありました。
事前に格子ゲージ理論の研究者が多く参加すると聞いていた花田さんは、「このレクチャーの目的は、ストリング理論の研究者にはできないストリング理論への独特の貢献が、格子ゲージ理論の研究者にはできることを知ってもらうことです。講義中にもどんどん質問してください」と講義の目的を説明し、レクチャーシリーズがスタートしました。
ストリング理論は、格子ゲージ理論のベースであるゲージ場の理論よりもさらにミクロな視点から、素粒子の性質を統一的に解き明かす理論であると期待されています。
ストリング理論とはその名の示す通り、素粒子を極めて小さなストリング(=ひも)の様々な振動のしかたとして表す理論の総称です。素粒子をひもの振動と考えることにより、自然に重力の効果が理論に組み込まれています。このため、ストリング理論は宇宙の始まりから終わりまでを予言できる究極の理論の最有力候補と考えられています。
宇宙の始まりに起こったとされるインフレーションや、ブラックホールの蒸発、宇宙そのものの誕生など、重力の効果が無視できないため未解明の現象は、ストリング理論で解明されるのではないかと期待が寄せられています。しかし、「ストリング理論の全貌はまだ誰も知りませんし、完全な定式化がどのようにして与えられるのかすら分かっていません」(花田さん)。
格子ゲージ理論は素粒子を点として扱っており、重力の効果が理論に含まれていません。しかし、理論の構造はしっかりと理解されており、数値シミュレーションで詳細に調べる事ができます。特に、強い相互作用を記述する格子QCDは詳細に調べられており、実験結果が再現できるところまで理解が進んできています。
花田さんは講義で、ストリング理論発展の歴史をたどりながら、ストリング理論やゲージ/重力対応の説明をした後、スーパーコンピュータでの超対称ゲージ理論(SYM理論)の計算方法について話しました。ゲージ/重力対応とは、おおざっぱに説明すると、まったく異なって見えるゲージ理論と重力理論(ストリング理論)が、実は等価だという考え方です。この考え方を用いると、先に挙げたような未解明現象を、格子ゲージ理論の手法で解明できる可能性があります。花田さんの冒頭の言葉にある「ストリング理論への貢献」とは、このことをさしています。
SYM理論のシミュレーションには、格子QCDの場合には存在しなかったような数々の理論的、技術的困難がありましたが、ここ数年で様々な理論がシミュレーションできるようになり、ストリング理論でこれまで不可能だった計算が出来るようになってきています。
講義中に参加者から多くの質問が寄せられました。時には質問から議論に発展したり、講義後も質問が続いたりと、とても活気にみちた講義となりました。
参加した格子ゲージ理論の研究者は、「講義はとてもわかりやすかったです。格子ゲージ理論とストリング理論という従来接点の無かった2つの分野はゲージ/重力対応の考えによって近い存在となりました。そればかりか、いまやどちらも数値シミュレーションが研究の重要な手法となり得ることが分かってきたのです。今後もそれぞれが抱える問題・課題へ挑戦していくことを通じ、ますますの発展が期待されます」と、今後の発展へ期待を寄せていました。
この素核宇宙融合レクチャーシリーズは、分野融合を目的の一つとする新学術領域研究「素核宇宙融合による計算科学に基づいた重層的物質構造の解明」およびHPCI戦略プログラム分野5の共催で行われました。分野を学び始めた大学院生や他分野(素粒子、原子核、宇宙物理)の研究者など非専門家向けのもので、最終的にはシリーズをまとめて「素核宇宙融合教科書」の制作が予定されています。