目標
目的・概要
自然界の成り立ちには、宇宙の誕生とそれに関わる素粒子の基本法則から、原子核の構造、そして元素がどこでどうやって作られたのか、といった大きな疑問が残っています。その探究の主役は大規模な実験・観測だと思われがちですが、以下で述べる通り、実験・観測の結果を解釈し、科学を発展させる上でシミュレーションが重要な役割を果たします。本課題では、世界で進められている多くの研究のなかで、我が国で卓越した成果が見込まれる以下の6つの研究テーマを推進します。
B中間子崩壊
SuperKEKB/Belle II実験で測定されるB中間子の崩壊では、そのいくつかで素粒子標準模型からのずれを示唆する実験データが得られています。データの蓄積とともに真偽が明らかになるはずですが、同時に必要になるのが、B中間子崩壊に対する量子色力学(QCD)の寄与を正確に理解することです。格子QCDシミュレーションによりB中間子崩壊、特にB→πℓν崩壊の形状因子を精密に計算し、実験結果と組み合わせて素粒子標準模型を超える物理法則に制限をあたえます。
QCD相構造
宇宙初期に高温相にあったとされるQCDの真空は、相転移によって低温相に移行し、物質の質量の起源となっています。相転移の詳細は系のもつ対称性に支配されるが、QCDの対称性は量子異常により不明確になるため相構造は十分に理解されていません。カイラル対称性を保つシミュレーションにより、2+1フレーバーQCDの相構造を確立します。
バリオン間力
陽子・中性子などのバリオンの間に働く力、バリオン間力は、原子核の理解の基礎になるべきものですが、それ自体がQCDによるクォークの複雑な相互作用の結果として生まれるもので、その計算には格子QCDシミュレーションが必要になります。特に実験的情報の少ないストレンジクォークを含むバリオン間のハイペロン力の決定には、格子QCD計算による他ありません。ハイペロン力や、さらに重いチャームクォークを含むバリオン間力の計算により未知の2バリオン状態の存否を明らかにし、J-PARCにおけるハイパー核実験やLHCにおける重イオン衝突実験につなげます。
核構造とr過程
原子核構造の研究を中性子過剰核に進め、重元素合成のr過程を定量的に理解することが大きなチャレンジとなります。これまでに培ったモンテカルロ殻模型の手法を適用してニッケル(原子番号28)同位体の構造計算を質量数68近傍から78近傍、さらに質量数100を超える領域にまでに進めます。RIBFでの実験結果との比較によって信頼性を高め、r過程の主要部を定量的に明らかにします。
中性子星合体
重元素合成の機構としてのr過程には、大量の中性子が必要になります。そのもっとも有力な起源と考えられているのが中性子星合体であり、2017年の重力波イベントに付随した電磁波対応天体の観測によっても強く示唆されています。中性子星合体のシミュレーションを進めて合体時の放出物質の性質を明らかにすることで、KAGRA等の重力波干渉計による重力波観測、光学望遠鏡による電磁波観測による検証へつなげます。
時空生成
ビッグバンは宇宙の始まりだとされていますが、その最初の機構は明らかになっておらず、インフレーション宇宙論も現象論的な理論にすぎません。すべてを説明する理論として期待されている超弦理論を出発点として、無から時空が生成して成長する様子をシミュレーションで明らかにします。
実施期間:2020(令和2)年4月から2023(令和5)年3月
代表機関:大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
研究開発課題責任者:橋本省二(高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所教授)