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萌芽的プロジェクト支援

HPCI戦略プログラムでは、スーパーコンピュータ「京」で戦略的に推進する研究課題の他に、将来に向けて大きな発展が見込まれる研究課題を「萌芽的研究課題」として支援し、計算科学全体の発展に寄与することを目指しています。以下の課題を萌芽的研究課題としてあげており、ワークショップ開催や研究支援チームによる研究支援などを行っていきます。

(1) 有限温度QCD相転移の精密解析

量子色力学の有限温度相転移は、これまでの格子QCDシミュレーションの研究によれば、秩序変数やその微分が発散をもたないクロスオーバーであると考えられている。ただし、これまでの研究のほとんどはQCDと同じ対称性をもたないスタッガード格子フェルミオンを用いて連続極限から遠いパラメターで行われたもので、対称性がその性質を支配する相転移現象の計算としては問題がないとは言えない。計算コストは比較的大きいがよりよい対称性の性質をもつウィルソンフェルミオンやオーバーラップフェルミオンを使ってこの問題の精密な解析を行い、より厳密な理解につなげる。このためには計算手法の改良などによって格子計算のコストを格段に削減するなどの技術開発が重要になる。

(2) 有限密度QCDシミュレーション

化学ポテンシャルを持ち込んで有限のバリオン数をもつ系では、通常の格子QCD計算がいわゆる符号問題によって非常に難しくなるというのは古くから知られている問題である。これまでの研究により、化学ポテンシャルによるテイラー展開や再重み付けの手法などを使ってある領域ではこの問題を回避して意味のある物理結果を得ることができるようになっているが、完全な解決には至っていない。最近ではフェルミオン行列式の次元を落として厳密に解く手法や、複素位相が効かない物理量を探る理論的アイデアの適応などが試みられており活発な研究分野になっている。物性物理で試みられている手法を輸入することも検討課題であろう。これらのあらゆる手法を試用して問題解決の糸口をつかむ。

(3) 超弦理論の数値シミュレーション

素粒子と時空の究極理論の有力候補と考えられている超弦理論においても、非摂動効果は真空を定める上で重要な役割を果たす。一方でその理論計算は非常に難しく解析的手法で得られる部分は限られている。最近では超弦理論の定式化の一つである行列模型を数値シミュレーションで扱うことで時空の起源を明らかにしようとする野心的な研究も始まっており、この分野は急速に進展する可能性がある。行列模型のほかにも AdS/CFT 対応の検証やそれを用いた重力の解析、超対称ゲージ理論の研究など関係する興味深い理論的問題も数多い。これらの問題のいくつかを取り上げ、新しい研究手法を開拓する。

(4) 格子上の重いクォーク定式化

格子QCDへのフレーバー物理への応用においては、チャームとボトムという重いクォークを格子上で精密にシミュレートする手法の開発が必須である。通常の手法ではクォーク質量が大きいことによる格子化の誤差が無視できず、精密計算の障害になっている。この問題に対して、格子間隔による展開を高次まで進めて誤差を除去する手法や、重いクォークの有効理論を非摂動的に定義する手法が必要と考えられる。理論的にやるべきことははっきりしているが、現実的な手法を確立してどれだけの精度が得られるかを検証するのは今後の課題である。本研究期間内にこれらの定式化の確立を目指す。

(5) 場の量子論の非摂動的くりこみ解析

場の量子論が異なるスケールで異なる物理的様相を見せる例はいくつも知られている。量子色力学はその代表的な例で、高エネルギーでの主要な物理的自由度がクォーク・グルーオンであるのに対して低エネルギーではハドロンが支配的な自由度となる。このような理論をあらゆるスケールで統一的な理論的枠組みで扱うことは非常に困難だが、比較的簡単な理論では繰り込み群的な手法で理論のスケール依存性を詳細に解析することができる。特に格子シミュレーションを使うことで非摂動的な解析も可能である。最近では特に共形不変かつ非摂動的で大きな異常次元をもつ場の理論の探索が、複合ヒッグス模型の構築を念頭に活発に研究されている。こうした繰り込み群的解析を、4体フェルミ相互作用を含むなど、より広い理論空間に対して適用し、臨界点近傍の場の理論の性質をより詳細に解析する手法を開発する。

(6) 格子上のフェルミオン逆行列計算の高速化

格子QCD計算においてもっとも計算コストを要するのはフェルミオンのディラック演算子の逆行列計算にかかわる部分である。フェルミオン定式化に応じて様々なアルゴリズムが開発され使用されているが、さらなる高速化が望まれるところである。特にドメインウォールフェルミオン等の定式化では最も古典的な共役勾配法以外によい方法が見つかっていない。このような問題に対して行列の固有値分布を解析し、様々な前処理の手法やアルゴリズムを組み合わせて高速化を図る。

(7) 第一原理計算による強結合クォーク物質の物性研究と、それを用いた相対論的重イオン衝突の統合シミュレーション

RHICおよびLHCにおける重イオン衝突実験における様々な物理量の測定は、宇宙初期のクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)に対する詳細な理解を得る絶好の機会を与えている。膨大な実験データをQGPの物性と関連付けるには、衝突の非定常ダイナミクスに対する大規模数値シミュレーションが不可欠となる。特に、衝突初期から化学凍結に至るまで、様々な段階での統計的揺らぎをとりいれたイベント毎シミュレーションの理論的手法の開発とその大規模計算の実行は急務の課題となっている。一方、上記のシミュレーションには様々な輸送係数や状態方程式のインプットが必要とされる。特にこれらの輸送係数の第一原理計算には膨大な計算量と注意深い解析とが要求され、モデルに依存しない解析は殆ど手つかずと言ってよい状況にある。これら二つの要素を互いに相補的に扱い、観測量と輸送係数などの関係を明らかにすることは、QGPの総合的理解にとって重要である。以下の3つの点で「京」およびその後継機はその進展に大きく貢献できる。
第一原理計算による、QGPの輸送係数の計算。
衝突初期条件のイベント毎揺らぎを取り入れた、衝撃波を捕捉するアルゴリズムを用いた相対論的粘性流体力学の大規模並列シミュレーション。
衝突初期の前平衡過程を記述するカラーグラス凝縮、局所平衡過程における相対論的粘性流体力学、およびハドロン凍結後のボルツマン方程式を統合した重イオン衝突の統合シミュレーション。

(8) エキゾチックハドロン系の精密科学

京計算機を用いた格子QCD 計算によって、従来現象論的模型に頼っていた基本相互作用を曖昧さなく決定できる時代が訪れようとしている。この背景の下、少数多体系の精密計算手法と組み合わせることにより、格子QCD からほぼ事実上直接の予言ともいえる物理を引き出すことを目指す。これにより、新しい実験のプロポーザルとして、これまで以上に確からしいエキゾチックハドロン(ΛΞΩΣなどさまざまなハイパー核を含む) 探索の指針を与えられる。京計算機を使うことにより、より多粒子系へ、励起状態の精密物理へ、連続状態(共鳴状態)の精密化へ、より複雑な結合チャネルへといった発展が考えられ、これまでの計算の限界を超えた大規模計算に挑戦する。

(9) 直接対角化殻模型計算による核構造研究

HPCI 戦略分野5課題2においてモンテカルロ殻模型法による大規模殻模型計算への挑戦がなされており、直接対角化計算を超える領域での計算がなされている。しかしながら、直接対角化によって可能となる研究対象も数多くある。具体的には以下のような課題が開発中であり、将来発展の可能性がある。
Thick-restart Lancos 法による直接対角化殻模型計算の大規模並列化。
Lanczos 法の改良や、強制振動子法の殻模型計算への応用。高励起エネルギー領域での状態密度の計算などへの応用が検討されている。これにより、元素合成過程の理解への基礎的情報を与えることが期待できる。また、変分モンテカルロ法の殻模型計算への応用も提唱されている。
核力の特色の一つであるテンソル力を直接取り入れた原子核模型の開発。これによって、原子核中におけるテンソル力、π中間子の役割を解明する。
対近似殻模型によるダブレットバンド、磁気回転バンド等の高スピン状態の系統的解析。

(10) 原子核中のサブユニット(クラスター)形成

原子核内において、複数の核子が集まってサブユニット(クラスター)を形成する機構、形成されたクラスターが引き起こす現象の研究。広い質量領域の原子核において、クラスター励起、分子共鳴、α崩壊・捕獲、低エネルギー核反応・融合などの現象を解明する。環境(密度、励起エネルギー、回転、アイソスピンなど)の変化によって核子多体系が変容する様を大規模数値計算で再現する。例として、以下のような課題がある。
複合粒子間における多体トンネリング現象の微視的記述により、散乱・融合・崩壊過程を解明し、恒星内のゆっくりとした元素合成の反応率など、実験で到達しえない領域の問題を解決する。
核子多体系における新奇な量子相、物理全般に新たなブレークスルーをもたらしうる現象を発見・予言する。

(11) 核力に基づく第一原理核反応計算

核物理では、様々な核力第一原理計算の手法が、急速に発達しており、核力に対する理解が深まっている。核反応メカニズムを現実的核力に基づいて理解することは、上記の核構造の第一原理的理解以上に困難である。核構造と核反応を統一的に記述する理論計算によって、軽い核の低エネルギーにおける量子的反応機構を解明する。
核力からの第一原理計算によるビックバン元素合成反応
ビックバン元素合成論は、現代物理学の基本的な標準理論の一つであるが、これまで基本的に実験の核反応率をインプットとして理解されている。核力第一原理による定量的な大規模数値計算を行い、核力から直接ビックバン元素合成の反応率計算を行い、ハドロン物理学から宇宙核物理学への原子核階層での基礎研究を行う。
生成座標法による第一原理核構造計算
核力から出発したVlow-k 等を用いて、多スレーター行列式の重ね合わせ(CI計算) によって原子核を記述する。スレーター行列式を記述する基底として実空間表示または平面波基底を採用し、生成座標法(GCM)を用いて、核構造とともに、クラスター崩壊等の核反応の記述を同時に目指す。

(12) 核子多体系の微視的波動関数を用いた反応観測量の数値的決定

近年、天然には存在しないものも含め、約10,000 種類の原子核の存在が示唆され、強く相互作用する数100 の核子からなる原子核の構造(波動関数) を量子力学的に決定する試みも飛躍的な進展を見せている。この大規模構造計算で得られる核子多体系の波動関数を直接用いて原子核反応計算を行い、原子核実験施設で測定される様々な反応観測量(各種断面積) を純理論的に決定する。これにより、最先端の原子核構造計算の信頼性を、豊富な反応データとの比較に基づいて評価することが可能となり、原子核についての定量的理解が飛躍的に進むと期待される。さらに、実験的には到達が極めて困難とされている、原子核の存在限界領域に位置する中重核についても、その反応現象を理論的に記述し、観測量を数値的に決定することを目指す。

(13) 高励起核子多体系のダイナミクスの解明

核子多体系は束縛エネルギー程度(またはそれ以上)のエネルギーを与えても依然として量子多体系として興味深い特質・現象を示す。高励起核子多体系は加速器を用いた原子核反応の実験や爆発的天体現象において実現しているが、その微視的な理解には理論手法の発展と高性能の計算機が必要である。物理の興味としては、高励起状態における独立粒子運動とクラスター相関の共存・競合,液相気相相転移、アイソスピン自由度による多様な現象などが挙げられる。広範な領域での状態方程式を導出することも重要な課題である。アプローチとしては、従来の手法を広範な現象に適用し,精密化と拡張を進め、さらに、これまで主として低エネルギー現象に適用されてきた量子力学的性格の強い枠組みを高励起多体系に適用する試みが、計算機と計算手法の発展によって可能となると期待される。

(14) 核分裂現象を目指した原子核集団運動論と大規模数値計算

原子核の低エネルギーの集団励起モードは、非調和性・非断熱性が顕著であり、多くの場合、基底状態の周りの小さな揺らぎという近似が成り立たないことが知られている。特に、多粒子が関与する大振幅集団的運動が重要な低エネルギーの核反応の代表例として核分裂反応が挙げられる。これらの課題に対して密度汎関数理論(DFT) による微視的な計算手法の開発を目指す。具体的には、実時間法と集団座標を導入する2通りの方法が有力候補である。
集団座標を導入した集団模型を用いた記述において必要な、最適な集団座標、ポテンシャルエネルギー、集団質量パラメータ、散逸(摩擦)係数などを、微視的なDFT に基づいた計算から導出する。このため、以下の開発が必要である。
1. 時間依存密度汎関数理論に基づく汎用的線形応答計算コードの整備。これは、集団模型パラメータ計算の基礎となると同時に、光核反応断面積、荷電交換反応、ニュートリノ核反応、核子移行反応等の計算核データ整備にも貢献する。
2. 断熱的平均場理論に基づき、大次元空間の中から集団座標を自己無撞着に抜き出す。このために必要なアルゴリズム、新しい理論の開発。
時間依存密度汎関数理論(TDDFT)を用いた実時間計算により、誘起核分裂現象等を含む様々な反応現象を直接的にシミュレーションする。

(15) ニュートリノ自己相互作用によるニュートリノ振動の多体計算手法による解明と応用

三世代の高エネルギーニュートリノを作り出す唯一の天啓とも言える重力崩壊型超新星での元素合成に着目し、ニュートリノ振動が元素組成に与える影響を理論的・数値的に予測し、天文学的にニュートリノ振動を解明することを目指す。具体的には、「ニュートリノ真空振動」「物質振動」の一体量子場効果に加えて「ニュートリノ自己相互作用」すなわち量子多体効果を取り入れたニュートリノ振動現象を数値計算シミュレーションによって出来るだけ厳密解き、これをビッグバン元素合成、宇宙構造形成、および超新星元素合成の理論計算に応用することによって、ニュートリノ多体量子効果が作り出す明確で定量的な観測的証拠を見出し、最終的には未知のニュートリノ振動パラメータを決定してニュートリノ振動モデルを書き換える。

(16) 高エネルギー粒子加速

地球に飛来する宇宙線、超新星残骸や活動銀河核などで観測される非熱的放射の起源となる高エネルギー粒子の加速機構をParticle In Cell (PIC)法に基づくプラズマ粒子コード(空間3次元)、ブラソフコード(空間3次元+運動量空間)等を用いたシミュレーションによって解明する。

(17) 太陽ダイナモ・太陽活動

太陽内部での磁場の増幅・蓄積と表面への浮上(太陽ダイナモ)、太陽表面近傍での爆発的なエネルギー解放と、それに伴う質量放出が惑星間空間及び地球磁気圏に及ぼす影響を高解像度かつマルチスケールを扱うことができる3次元磁気流体シミュレーションによって解明する。

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